大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)351号 判決 1966年12月15日

理由

一、被控訴人森本喜雄に対する請求

(一)  手形上の請求について

控訴人は、本件手形五通は、いずれも森本徳治が被控訴人喜雄のために署名代理の方法により振出したと主張するけれども、甲第一ないし五号証(本件手形証券)中森本電業(肩書)森本喜雄なる記名下の印影については、被控訴人喜雄の否認するところであるに拘らず、控訴人の全立証によるも、それが被控訴人喜雄の作成、使用していた印鑑の印影なることが確認できず、却つて《証拠》を綜合すると、右被控訴人喜雄名下の印影は控訴人と森本徳治が協議の上、被控訴人喜雄の承諾なく作成した印鑑により作出されたものに外ならないことが明白で、被控訴人喜雄の印鑑を代つて押捺したとは、到底認められないのみならず、徳治において、本件の具体的な手形振出行為につき署名代理権を有していたことについては、控訴人の全証拠によつても確認できない(喜雄が重傷のため徳治に代理を依頼したとの原審証人中塚兼夫の伝聞証言があるが、にわかに措信し難い)。そうすると、前掲甲第一ないし五号証の被控訴人喜雄名義部分は、本人の意思に基くものと認められず、爾余の点につき判断するまでもなく手形金請求は理由がない。

(二)  原因関係に基く請求について

控訴人は、被控訴人喜雄が昭和三一年四月一二日頃控訴人に対し、森本電業ないし被控訴会社の経営する営業につきその責任を負担する旨承諾したことを以て、被控訴人が控訴人主張の貸金及び立替金債権につき、自ら借主となることを承諾したか、然らずとしても、徳治の営業につき自己の氏名使用を許諾したか、然らずとしても徳治を自己の代理人であると信ぜしめる行為(表見代理責任原因)をした旨主張するので、先ず控訴人主張日時に、被控訴人喜雄が控訴人主張のような承諾ないし言動を為したか否かにつき審按する。《証拠》を綜合すると、訴外森本徳治はかねて森本電気商会なる名称で個人として電気工事等を業としていたが、昭和三一年四月控訴人に対し融資を求めた際、徳治自身は格別の資産もなかつたが、同人の兄に当る被控訴人喜雄が郷里の鳥取県下に在住し若干の資産もあるので、控訴人と協議の上、被控訴人喜雄を加えて会社組織とした上控訴人の融資を受けることを計画し、被控訴人喜雄の来阪を求めたところ、同人は同月一二日頃徳治と共に大阪市内なる控訴人自宅に赴き控訴人に面接したが、その際控訴人より会社設立を前提とする事業参加、社長就任を勧められたところ、被控訴人喜雄は郷里にて電々公社に勤務中で、妻も農業に従事し生活は安定しているので、これを擲つて大阪で会社を経営することについては到底即答はできぬ旨答え、翌朝更に控訴人に面接し承諾し難い旨を告げたが、控訴人より再考を促されたので、帰郷の家族等と協議して徳治を通じ諾否の返答をすべき旨申述べて辞去し、帰宅後妻や親族と相談した結果断然拒絶することに決し、早速徳治にその旨を電話し、徳治から控訴人に不承諾の意を伝えたこと、控訴人は、被控訴人喜雄の右の意向を了知しながら、単に同被控訴人の名義を使用することは差支ない筈だと言い、他人名義の使用は時に便宜な点がある等申向けて徳治と相謀つて被控訴人喜雄の名義を使用することに決した事実が認められ、前掲《証拠》中、被控訴人喜雄が前記控訴人との面談の席上、当時設立計画中の会社の社長に就任することを承諾した旨の供述部分は、その供述が可なり曖昧である上、当時の被控訴人喜雄の境遇、立場より見て、このような即答をなすことは少からず不自然でたやすく首肯し難いのみならず、前掲各証拠及び成立に争のない甲第七号証、乙第一号証の記載に対照して軽々に措信できず、甲第九号証も右被控訴人喜雄の承諾を証する資料と為すに足らず、甲第八、一一号証も被控訴人喜雄においてその成立を争うに拘らず、控訴人においてその印影の真正さえも立証すべき資料が見出されない。その他控訴人の提出、援用のすべての証拠に徴するも、右日時、場所における控訴人の申入、勧誘に対し被控訴人喜雄がこれを承諾ないしこれに類する言動を為したことを確認するに足る資料がない。そうすると、右の際の被控訴人喜雄の承諾ないし言動に基き、同被控訴人が控訴人の融資する事業資金等の借主本人になつたと認められぬことは勿論、さらに、かかる言動が徳治に対する名義貸の原因資料となつたこと、控訴人において徳治を被控訴人喜雄の代理人であると信ぜしめる資料となつたことは、いずれも認められないから、かかる事実を前提とする被控訴人喜雄に対する原因関係上の請求は、他の争点につき判断するまでもなく理由がない。

二、被控訴会社に対する請求

(一)  手形上の請求について

振出名義人たる被控訴会社の記名印影につき争がなく、《証拠》を綜合すると、控訴人主張の(二)、(三)の約束手形(原判決事実欄三の(二)、(三))が昭和三一年八月一六、七日ないし下旬頃(富士銀行島之内支店との取引解約後)被控訴会社によつて振出されたこと(振出日、受取人名白地)が認められ、右認定に反する《証拠》は措信できない。被控訴会社は右振出は強迫に因る旨主張するけれども、被控訴会社の全立証によるも、右振出日の当時に強迫が行なわれたことについて何等確証が見出されないから、右抗弁は理由がない。又、弁論の全趣旨によれば、右各手形の振出日は後に補充せられたものであることが明白であるが、右補充にかかる振出日付が被控訴会社設立日である昭和三一年七月二三日(この点当事者間に争がない)の以前の同月二〇日とされたことは、振出を通つて当然無効ならしめるものではない。

次に控訴人主張の(一)、(四)、(五)の手形(原判決事実欄三の(一)、(四)、(五))が被控訴会社の設立後に振出されたか否かにつき検討する。この点につき控訴人は、先ず昭和三一年七月中頃即ち被控訴会社設立以前に右手形三通は森本喜雄の単独振出名義で振出され、右会社設立後同年七月下旬ないし八月初頃被控訴会社振出署名を書き加え、共同振出とした旨主張し、証人中塚兼夫(当審)控訴人本人(当審第一回)は、右控訴人主張に副う供述をするが、右中塚証人の原審における証言と対比してたやすく信用を措き得ないのみならず、甲第一、四、五号証の提出日名義等の記載の体裁を検すると、被控訴会社の記名捺印は森本電業こと森本喜雄の記名、捺印の左側に併記され、その記名判の大きさより受取人欄に入り込んだ位置に記載されているが、この形状のために後に添加されたものとは軽々に認め難いのみならず、前掲甲第二、三号証の記載と対照すると、後者における被控訴会社の記名、捺印は森本喜雄の右側に表示されているほか、住所は手記でなく、印判により表出されているに対し、前者即ち甲第一、四、五号証の被控訴会社の住所はインクで手記されているから、前掲甲第二、三号証の作成と同一機会即ち会社が成立したために前記(二)(三)の約束手形を会社名義で振出した際に、同時に右手形三通にも会社振出名義を書き加えたものとは容易に認め難く、前掲甲第一、四、五号証の体裁及び弁論の全趣旨、殊に控訴人の主張の経過に徴すれば、右手形三通はむしろ最初より被控訴人両名名義の共同振出の形式で振出されたものと認むべく、そうすると、その振出日は、証人中塚兼夫(原審、当審、但し当審の分は前記措信しない部分を除く)の証言により昭和三一年七月二〇日頃であつて、被控訴会社設立以前であるが、右会社が早晩設立されることを見越して準備していた会社用の記名、印鑑等を使用して振出したものと認められる。他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。

そうすれば右手形三通の振出当時、振出人たる被控訴会社の法人格は存在しなかつたのであるから、右手形は被控訴会社以外の者の振出と認める余地はあつても被控訴会社の振出とは認められず、従つて、右振出を前提とする右三通の手形金請求は理由がない。

ところで被控訴会社は抗弁として、本件手形振出の原因となつた債務は存在しない旨主張するところ、控訴人は、本件手形の原因債務は被控訴人喜雄の債務を被控訴会社が連帯保証した債務である旨主張するので按ずるに、一般に手形債務者が手形抗弁として、原因債務を欠く旨主張したときは、通常、当該手形の振出の原因となつた債務が不存在(不成立、無効、消滅を含む広義)であることを主張して手形債務を免れようとする趣旨であるから、原則としては手形債務者において、当該手形が如何なる債務を原因として振出されたかを先ず主張し、これに対し手形債権者が応答すべきであるが(尤も、手形が何等の具体的債務なく振出されたとの抗弁は、見せ手形、融通手形等の趣旨で振出された等の別種の抗弁として成立する余地があるけれども、それは姑く措く)、本件においては、控訴人において本件手形の振出原因を前記の通りに積極的に主張し、被控訴会社においても、専ら右控訴人の主張する振出原因を争う趣旨で右抗弁を維持する結果、本件手形が控訴人主張の原因に基づいて振出されたことは当事者双方の主張が一致し、結局争のない事実となるに至つたものと認むべきところ、右の通り、本件手形の振出原因とされた債務の主債務たる被控訴人喜雄の債務の存否については、控訴人の全立証によるも、本件手形振出の当時である昭和三一年七月ないし八月頃、被控訴人喜雄が控訴人に対して債務を負担していた事実が認められないことは前段説示の通りであるから、さきに振出を認めた本件手形(二)、(三)はその原因債務のなかつたことは明白というべく(この点については、本件手形(一)、(四)、(五)を仮りに被控訴会社設立後の振出と認め得るとしても、同一抗弁が成立する)、前記手形(二)、(三)の金額合計金三八七、五〇〇円の算定理由が控訴人の他の主張、立証からも容易にその根拠を見出し得ない点からも首肯される。そうすると、結局本件手形について被控訴会社の支払義務を認むべき理由はない。

(二)  原因関係に基づく請求について

被控訴会社に対する原因関係たる債権として控訴人の主張するところは、被控訴人喜雄の控訴人に対する主債務を、本件手形を振出すことにより被控訴会社が連帯保証をしたというに在るところ、右主張における主債務たる被控訴人喜雄に対する控訴人の債権の存在が是認できないことは、前段に縷述した通りであるから、主債務の存在を前提とする連帯保証も亦その効力を認めるに由なく、右控訴人の主張はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。原判決は正当。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例